このブログ全体を指して「トランスジェンダーのブログ」として読まれることに戸惑いがある。
わたしにとってこれはただのブログで、トランスジェンダー的なトピックを選んで書いているわけではないからです。
それは読んで見ればわかるでしょう。
このブログ全体で見ると、トランスジェンダー的な内容のエントリはほんとうに少ない……。
最近また、「己を大切に」ということについて考えている。
わたしにとってそれは矛盾をはらんでいる。
わたしを大切にしたくないわたしがいて、わたしがわたしを大切にしようとするとそいつが不機嫌になるのだ。
そいつは、わたしが不快で苦しんでいて我慢してると安心する性質がある。そういう状態に慣れているからだ。
なんともしがたい……。
でも、このままではいけないとも考えている。
できる範囲で自分を大切にする自分に変わろうと思った。
具体的イメージはまだむずかしく、やりたくないことも多く、だから目に見えてわかりやすいところから手につけることにした。
すなわち、自分のケアをすることと自分のための無駄にお金を使うことにした。
かわいいおもちゃを買う。
髪の毛にオイルをなじませ丁寧に乾かす、肌の乾燥を防ぐためにクリームを塗る、お風呂にもしっかり入り歯を磨く。余力があれば苦手なストレッチをしてみよう。
どうして、こんなにも自分のケアが苦手なのだろう。いじめるのは得意なのに。
その根っこにも、また例のアレ、ジェンダーが絡まっているように思える。
わたしはとにかく“女性”ではないのだから、女性性の否定をしなければいけないと考えていた。
だから、かわいいものを好きでは矛盾しているし、スキンケアも男性っぽくないからしない。ストレッチは極力意識したくない身体を意識するはめになるからしたくない。
どこかでそう考えていた。
CIS-TEMを呪いながら、とらわれ呪われていたのだろう。
ほんとうはなにをしてもいいし好きでもいい。おそらく。ちょっとインフルエンサーを見るだけでも世界はどんどん多様化してきている。気にする人はほとんどいないだろう。気にしているのはわたしだけだ。
自分を大切にすることは、自分を大切にできないことと向き合うことだった。
自由になりたい。
自由になるとはどのようなことだろうか?
まだイメージができていない。