k-zombie’s diary

ツイッターにおさまらないことなど

小説「ムカつくものはぜんぶ食べる」

なんだか世の中ムカつくことが多すぎるとアキは常々思っていた。

ムカつくなあと思うたびに腹の底にグツグツと煮えたぎるものを感じ、それはまるで活火山のマグマのように熱かった。
あまりの熱さに胃がシクシクと痛んでアキは夜ごと泣いていた。腹が燃えると全身どこもかしこも痛かった。

そんなある晩、トイレの冷たい床にへたり込みながらふとひらめくものがあった。
マグマはなんでも溶かして燃やしてしまう。
自分も腹の底に小さくて強いマグマ溜まりを所持している。
こいつでムカつくものを全部溶かして燃やしてしまおうじゃないか。

そういうわけでアキはムカつくものを全部食べることにした。


まずはじめに職場のパワハラ上司をアキは食べた。
ある朝、いつもどおりに出勤し無理難題を押しつけられ、いつもどおりにできなかった。無理難題だから当たり前である。
いつもどおりではなかったのは、すっかり油断していたパワハラ上司がいつもどおりにヒートアップしてアキをなじろうと「お前はさあ」と言いかけたときだった。
上司の口が「お前」の「お」の形になったときに、アキは上司よりもさらに大きく、ほんとうに顎が外れるかと思うくらい大きく口を開けて上司を頭から丸飲みしてしまったのである。
上司の髪の毛が喉に引っかかって不快感を覚えたけれど、おおむねスルスルと飲み込むことができ、上司は無事にアキの腹のなかで燃えて溶けた。
アキは満足した。
パワハラ上司がいなくなると、不思議と職場はなごやかな雰囲気になり陰口もなりをすませた。
けれども、やっぱり労働は鼻くそだなとアキは考えた。

そうしてアキは休職届を職場に叩きつけて、家に帰った。後日適応障害の診断書を取り、パワハラで労災申請をすることも忘れなかった。

アキが会社に行かなくなったころ、一本の電話がかかってきた。
それはアキの数少ない友人で、友人はアキが電話にでるやいなや大げさに嘆いた。夫の愚痴を言い、職場の愚痴を言い、アキの知らない友人の愚痴を言い、関係性のよくない両親の愚痴を言った。その友人は、いつも急に電話をかけてきて、毎回長々と愚痴を言い、アキがそれに一生懸命に相づちを打つとすっきり満足して一方的に電話を切るのだった。
アキはそれでも友人だからと犬のように喜んで電話に出ていたけれど、回数が重なると疲れるし自分って感情のゴミ箱なのかなと悲しくなってしまう。
しかし、上司を丸飲みにしたアキは強かった。悲しくなる隙なんてなかった。
電話口でアキは言った。
「私はもうあんたの愚痴にうんざり。今からあんたを食べてやるから」
そうして、アキは電話を一方的に切ると、紙をヒトガタに切ってそこに友人の名前と電話番号を書いて、ぐしゃぐしゃに丸めて飲んだ。
その日からその人間から電話がかかってくることはなかった。
アキの腹の底は燃えていた。

 

アキはなんでも飲んだ。
税金の値上がりのニュースの切り抜き、オリンピック公式キャラクターが印刷されたチラシ、世界的におそろしい感染症が大流行しているさなか配られたカビの生えたガーゼマスク、差別発言を撒き散らすインターネットの無数のアカウントやTweet、トイレでジロジロ見てくる人間。

アキが飲み込むと世界からアキのムカつくものが消えた。
アキの血は沸騰していた。
近ごろは血色もよくなり、根気とやる気が出て、多幸感に包まれた。

 

ある日、アキは鏡を見た。
そこには愉快そうにギラリと光る目の赤鬼が映っていた。そのときアキはなりたい自分になれていたことを悟った。
そう、アキはずっと鬼になりたかったのだ。
アキは赤ら顔でガッハッハと大きな声で吠えるように笑い、豪快な放屁をしてから世を脅かすために空を飛んでいった。