胸オペしてまあほぼ後遺症もなくなったし今の心境や雑感でもまとめるかと思って筆を執る。
胸オペして実感したのは、予想していた通りパス度が激変するようなことはない、という現実で、まあ純粋にわたしの満足度のための手術だったということですね。
new my bodyに関して、全然違和感はなくて、最初からこうでしたよね、という感じ。すごく自然体。オペしてよかったね。
強いて言うなら乳頭縮小を早くしてえな、と思ってる。
Tシャツをほんとうに1枚でサラッと着るのが夢なので。
以前の記事で、自分が何者か考えるのはやめたみたいなことを書いた気がする。
わたしは、女の側でやれないならば、男の側に適応しなければいけない、それができないならやはり女でいる努力をしなければいけない……とずっと自分に言い聞かせていた。
そのせいで、やはり(シス)女として自分に言い聞かせ続けるのは無理と悟るのに時間がかかり、性別肯定医療にアクセスするまでに十数年以上の時を要した。わたしが同じところで二の足を踏んでいた時間で、世の制度は少し進みそのおかげで保険適用で胸オペできたから結果的によかったのかもしれない。
しかしながら、(シス)男の側でうまくやろうとするあまり、男らしさのパロディになってしまう人びとを見て、そういうふうにはなれないなりたくないと感じてきたし今もそう思ってる。
男らしさのパロディに、憧れ哀しさ有害さ愛しさ滑稽さ嫌悪を抱いている。
正直に言うならば、シス男のこともどんな意味でも仲間とは思っていないから近づきたくない。
ただわたしは男の表象をしているほうが圧倒的に心地よく、フェミニンさを自分が表現することも女に対する(性的)幻想を投影されるのもめちゃくちゃ嫌なんだよなあという単純な感覚だけが残っている。
自分は結局どんなジェンダーの人なの?何者なの?という課題になんら(わかりやすい)答えは出ていないのだが、胸オペをしたという事実だけは掴めた。
しっかりわたしがわたしを受け止めていれば、周りがどう思うと、そこと距離を置ける。
わたしのジェンダーアイデンティティを尊重してくれる人は居心地よく好きだし、そういう人が少数でもいるなら生きていける。(わたしが説明してないから知らなくて)わたしのことを女だと思ってる人のこともまあそう思うよね、と受け入れてる。(説明したはずなのに)ないがしろにしてくる人は論外。
だからか、今は自分への問いにそれほど興味はなくなった。
今はそれでいいと思ってる。